反対方向のバスに乗った日、人生に必要な言葉をもらった
つい先日、少しだけ予定を変えて、
いつもとは反対方向のバスに乗ってみました。
運動不足解消も兼ねて、
「なんとなく、今日は山に行きたい」
そんな直感に従っただけでした。
けれど、その小さな“気まぐれ”が、
思いがけない出会いを運んでくれました。
山に一番近いバス停に降りて山の方へ向かう途中、
道の先に小さなお寺が見えました。
特に参拝の予定があったわけではありませんが、
なぜか少し立ち寄りたくなり、
門の前まで歩いてみると──
どうやらその日は閉まっている様子でした。
「やめておこうかな」
そう思ってその場を離れかけたものの、
胸の奥でもう一度、
“行ってみたい”という感覚が湧き、
足が自然と戻っていました。
お寺の前に着くと、
中からバイクで出掛ける準備をしている方がいらっしゃいました。
「参拝させてもらってもいいですか?」
そう声をかけると、
快く中へ通してくださいました。
お線香をあげて帰ろうとしたとき、
「お茶でもどうぞ」
と声をかけていただき、
恐縮しながらお茶とお菓子をご馳走になることに。
そこで、ご住職が修行時代のお話をしてくださいました。
お坊さんの世界にも上下関係があり、
下の立場の人が上の人に気を使いすぎるあまり、
法要のやり方が本来の姿から離れていくことがあったそうです。
そのとき、ご住職は、
「これは仏様や檀家さんのための法要ではなく、
人間関係のための形になってしまっている」
と感じられたそうです。
まだ修行中の身でありながら、
勇気を出して上の方々に、
「それは間違っていませんか」
と意見を伝えたところ、
はじめは、
「何を言っているんだ」
と叱責されたといいます。
それでも一人ひとりに丁寧に話を重ねていくうちに、
やがて理解してもらえるようになり、
法要の形も少しずつ“本来の姿”を取り戻していったそうです。
後になって、叱責していた方からも、
「お前、すごいな」
と認められたそうです。
ご住職は穏やかに微笑みながら、
こう話してくださいました。
「以前は周りに気を使うことが多かったが、
勇気を出して発言してよかった」
「そうやって発言することで責任感も生まれた」
「八方美人は、ある意味で八方塞がりにもなる」
また仕事の話になり、
最近は仕事を選ぶ際に、
“給料や休日などの待遇”が先に来てしまい、
なぜその仕事をやりたいのかという
本来の意味を見失ったまま、
すぐに辞めてしまう人も多いと話されていました。
人はつい、
周りに合わせたり、
波風を立てないよう黙ってしまったりして、
自分軸を見失いがちです。
本当に大切なのは、
“何のために”という原点を忘れないこと。
そして、
“自分自身に問いかけること”。
短い時間でしたが、
自分の現状に重なる部分も多く、
心に深く響くお話でした。
帰り際には山の入り口まで車で送っていただき、
その道中でも、
「自然がいろいろなことを教えてくれることがあります。
仏教でも、自然を感じながら歩くことで、
さまざまなメッセージを受け取れると説いています」
と話してくださいました。
あの日は、
すべてが“流れ”のままに起きた出来事でした。
「こうしなければ」と考えすぎず、
ただ感じたままに動いてみたことで巡ってきた、
不思議でありがたいご縁でした。
あの日のように、
人生の流れは、ほんの小さな選択から変わるのかもしれません。
いつもの通勤ルートを少し変えてみる。
いつもと違う道を歩いてみる。
そんな小さな一歩の先に、
思いがけないご縁や気づきが待っていることもあります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。



今の世の中…モヤモヤしたものがわかったような気になりました
ありがとうございます😊